Juntaro Okabe |
岡部淳太郎作品 |
そして、
海は濁っていった。青黒く、あるいは黄色く、
濁ることで海はひとつの予兆を示した。水平
線までの正確な距離をはかろうと、漁師たち
は考えをめぐらせ、砂浜で睦み合うだけの恋
人たちは、何も知らずに浅い夢を見ていた。
そして、
潮は高いままで止まってしまった。水は堤防
ぎりぎりまで物事を隠し、秘めた殺意を暖め
ていた者は、その思いを深く潜らせたまま、
明日の殺戮を思ってふるえた。魚の体のよう
に平板な意志のままで、人びとは網の結び目
のひとつひとつを、丁寧にほどいていった。
そして、
貝は耳の代わりに何事かを伝える術を忘れた。
やがて訪れる大きな波の高まり。そのために
月は無言で歌い、風は張られた帆を強く愛撫
した。海辺に住む人びとは目を瞑って祈った。
この夜の海に、ますます濁る海に祈ることで、
自らのいのちを必死に忘れようとしていた。
そして、
海の濁りは夜に溶けこむほどにまで深まって
いった。青黒い、あるいは黄色い海。どこか
遠くの海原で一艘の船が溺れても、誰もその
事実を知ることはなかった。伝えることのか
なわぬ遠泳と脆い恐怖。そして、それからの
ことは誰にもわからなかった。ただ、海の濁
りが、人の頭脳の中のそれと同じようである
と、夢の潜水夫が昏くつぶやくだけであった。
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